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商品開発ストーリー

エイリアンとの出会い

エイリアンとの出会い エイリアンとの出会い
「おーい、櫻井君!ちょっと来てくれないか。」
機械設計担当の櫻井は開発室で担当機種のテスト中に上司の有本から呼ばれた。テスト作業を中断し、打ち合わせテーブルに座った櫻井に、有本はこう言った。
「櫻井君、きみにあのエイリアンの続きをやって欲しいんだ。」
「えっ!あれをですか...」
「そう、あれだよ。」
すぐに櫻井の脳裏には、開発室の片隅に鎮座している白い試作機が浮かんだ。開発担当の中では、そのちょっとユニークな形状から、
「エイリアン」と呼ばれていたものだった。
エイリアンとの出会い エイリアンとの出会い
頸椎の牽引療法においては、頸椎が第一から第七までの7個の骨で構成されているため、治療部位ごとに適した牽引角度があると言われている。
まっすぐ上部に引くのではなく、上位頸椎の治療には0度から15度の牽引角度、中位頸椎には15度から30度、下位頸椎には30度から40度の角度で牽引を行うとされている。
エイリアンとの出会い エイリアンとの出会い
従来の治療器では、まず患者さんそれぞれの治療部位によって、上部のアームを適切な牽引角度になるように伸縮させてから治療を開始する必要があるが、この治療準備が実際の医療現場では非常に手間であり、適切な角度の設定も難しい。
エイリアンとの出会い
「エイリアン」は、その角度調整を自動で行うことにより、医療現場でやさしく、そしてより正しい角度の牽引治療を行うことを目指した試作機だった。
「うーん...解りました。この機種がもうちょっとしたら落ち着くので、来月から並行してかかりたいと思います。」
「いや、櫻井君。これを来年5月の展示会で発表したい。そのスケジュールで完成させてくれ。」
「えっ!ちょっと待ってください!
そんな期間じゃとても無理です!」
「そうだよな。それはよく解る。でも櫻井君、このコンセプトの牽引治療器が完成すれば、医療現場にこれまでよりもずっと効果的な牽引療法を届けることができる。それを櫻井君の手で実現して早く世に出して欲しいんだ。」
翌日から櫻井の闘いが始まった。
エイリアンとの出会い

治療感が…

開発チームは、リーダーであり機械担当の櫻井と、電気・ソフトウェア担当である坪井の2名でスタートした。
治療感が… 治療感が…
治療感が… 治療感が…
治療感が…
治療感が…
まず櫻井は、試作機「エイリアン」の図面を確認し、実機もじっくりと体験しながら、機構を確認。そして構想を膨らませた。
「なるほど、こう動くのか。でもこれだと...ちょっと坪井くん、俺の身体をそこのベルトでシートに縛りつけてみて。」
「えっ。縛り付けるんですか?...」
「そう、これ下位頸椎の牽引だと、かなり頑張って自分で耐えないと、どうしても上体が前に引っ張られてしまって、結局正しい牽引角度が出なくなるんだ。だから固定してみる。」
「ふう。これでいいですか?はい、じゃあスタートしますね。」
シートに縛り付けられた櫻井の頸椎がワイヤで前上方に引っ張られ始めた。
「うーっ、これはなんというか、つらい治療だなあ。」
「そりゃそうですよ、縛り付けられて、引っ張られて。」
「でも求めるのは正しい治療角度かつ、もっともっとやさしい治療感だよな...」
「ですよねえ...」
「牽引角度がついたときには上体が前に持っていかれて正しい牽引角度が保てないから、やっぱり上体を固定する必要がある。でも腰椎牽引のようなベルト固定を上体でしたら、圧迫感で快適性が損なわれるし、治療セッティングにも手間と時間が増える。どうやって上体を安定させるか...」
櫻井は他機種の開発を並行で進めながら、いつも新しい機構のことを考えていた。それは退社後の自宅でも同様だった。
そんなある日、試作室でぼんやりと耐久試験をしている腰椎牽引器を見ていて閃いた。
「ん?そうだ!機構はかなり複雑になるけど上部梁の自動調整だけでなく、シートも連動してリクライニングする機構にすれば、自分の体重で上体は持っていかれにくいし体圧も分散される...」
「これいけるかも!」
櫻井はその構想を一つずつ設計に盛り込みながらCAD図面を仕上げた。
「できた!よし。おーい!坪井くんちょっと会議室来て。」
「ほらっ、試作の設計こんな感じなんだけど。」
「あ、これシートも倒れるんですね。ふーん面白いですねえ。ここの可動範囲はどれくらいにします?アクチュエータの制御は...」
二人の打ち合わせは深夜まで続いた。
「よし、この形でいこう。明日から組んでみるから。」
電気担当の坪井と、制御に関する打ち合わせを進めながら、櫻井は部材を集めて組み上げていった。
それから数ヶ月経ち、二人は初めての機構に悪戦苦闘しながらも、なんとか試作初号機が完成した。
治療感が…
治療感が…
それは、上から牽引する角度調整と、シートのリクライニングを行い、最適な牽引治療角度が達成されたものだった。数日後の新商品開発委員会で、メンバーにさっそく試乗してもらった。
「うーん。角度はいいんだろうけど、
なんか良くない。」
「これどうなんだろ。自分ではどう思う?」
「腰椎牽引のSTみたいにチルティングのほうが安定感あるよね。」
確かに、リクライニングの感覚があまり良くないという意識はあった。快適な治療姿勢ではないのだ。
「・・・そうですね。言っている意味は判ります...」
その日、櫻井はこれまでの機構を白紙に戻した。
「どうすればもっと快適な治療姿勢、やさしい治療になるのか...」
また構想の日々が始まった。
しかし期限は刻々と迫っていた。

振り出しから「ゆりかご」へ

振り出しから「ゆりかご」へ
振り出しから「ゆりかご」へ
それは、来る日も来る日も新しい機構を考えながら、並行して他の担当機種の設計を進めていたある日の帰宅後だった。疲れた身体を風呂の湯船に投げ出した時...
「そういえば、身体を倒していく時に、後ろに頭が動いて下がっていくというのが何となく嫌なんだ。この感覚はみんな同じじゃないかな。バックドロップの感覚。やっぱり不安感がある。」
「そうだ。頭を動かさないで、足側を上げて身体を倒すのはできないか?」
櫻井のその湯船での閃きから、弐号機の試作が始まった。
「頭を動かさずに不安感を感じさせない設計にするとしたら、上からの牽引ベルトは固定式でいい。シートのチルティング機構をしっかり考えよう。」
そう「ゆりかご」みたいなやさしさを。

電気屋の意地

電気屋の意地
電気屋の意地
「櫻井さん、なかなか面白い機構考えてるなあ。こんな動きは今までの商品ではなかった。ゆりかごねえ。これどうやって可動域を制御したらいいんだろう。」
坪井もいままで無かった動きに戸惑いながら、テンションが上がっている自分を感じていた。
「えーっと、ここまでで上位頸椎、ここまで倒すと中位頸椎になる。そして、これで下位頸椎。この範囲でストップと。それから牽引角度は5度単位で治療できるように制御する。」
「うーん、このゆりかご軌道はホームポジションをどうやって検出したら...?」
坪井もまったく新しい取り組みとともに、時間とも戦っていた。
従来機種
電気屋の意地 電気屋の意地
TC-C1
電気屋の意地 電気屋の意地
二人は試作機の完成度を高めていくと共に、神戸大学の研究室と一緒に、牽引角度の変化による頸椎の動作解析なども行い、より正しい治療姿勢になる角度を求めて検証を重ねた。
これまでになかった新しい機構の開発が進むに連れ、櫻井の帰宅は日付が変わることも増えてきた。
「苦しい...でも絶対に高い完成度で
5月の展示会発表を迎えてやる!」

装具に問題発生!

試作機は四号機まで進んでいたある日、患者さんに直接触れる装具は従来品を使用していたのだが、角度を付けて牽引する際、牽引治療開始時にこれまでの機種では感じなかった顎の接触部分の痛みを感じることが分かった。唯一患者さんに直接触れる部分であり、この不快感は致命的であった。
これじゃあダメだ。装具の改良が必要だ。」
装具の改良設計に急遽指名されたのは、2年目の宮田だった。しかしこの装具の改良は、想像以上に難題だった。
装具に問題発生! 装具に問題発生!
肌に当たる素材を、質感、柔軟性、厚さなどが異なるものを何十点も取り寄せ、何日も試作を重ねたが、うまくいかない。
「こんなに難しいなんて...」
装具に問題発生! 装具に問題発生!
研究所の2階ロビーガラス越しには神戸空港から離陸する旅客機が見える。それをボーっと眺めながら、「あれは沖縄便かな?離陸でフラップが伸びてる。」
ん?そうだ!ゴムか何かで装具が伸び縮みしたら、始動時のショックが吸収されて痛みは出ないんじゃないか?ゴムは確か試作室にあったはず。」
夕日が射しこむロビーから、宮田は試作室へ駆け出した。
装具に問題発生!
装具に問題発生!
翌朝、「櫻井さん、坪井さん。これ。見てください。」宮田は深夜まで掛けて完成させた装具の試作品を差し出した。
「おっ!こう来たのか。ゴムねえ。」
「へぇ!なるほど。でもどうかなあ?試してみよう。」
試作機に取り付けた新装具で牽引を開始すると、今まで感じていた痛みは無くなっていた。
「おーっ!やったじゃないか。宮田!」
「考えてみると有りなんだけど、長くこの装具を見てると既成概念があってなかなかこういうの思いつかないんだよな。これは若さの勝利だね。」

よし、いける!

よし、いける! よし、いける!
それから開発は一気に最終段階に入っていった。
宮田が新しく開発した装具には、ゴムによる牽引のタイムラグのような感覚が発生していた。坪井には、その違和感を無くすように制御するソフトウェアの変更が必要だった。みんなゴールを目指して必死だった。
そして4月。展示会発表を目前に、櫻井は、以前からお世話になっている臨床の先生の元に完成品を持ち込んだ。先生には今回の新しい考え方と機構のご説明をし、現物を見ていただいた。
「うん、いいねえ。これ。」
「ありがとうございます!先生。」
よし、いける。
櫻井は確信が持てた。

5月、展示会当日

能動型自動間欠牽引装置 TRACTIZER TC-C1
能動型自動間欠牽引装置 TRACTIZER TC-C1
学会展示に間に合った。
商品名は「TC-C1」全く新しい頸椎牽引治療器が完成した。
えーっ。櫻井さん、
展示会発表に行かないんですか?
すぐそこじゃないですか」
「宮田、量産体制がまだ整ってないじゃないか。これ7月発売なんだぞ。」
櫻井、坪井は、研究所のすぐ近くにある国際展示場で行われている学会展示に立ち会って、開発者としてドクターに説明をしたかったが、7月発売への仕事はまだ山ほどあった。
「お前が開発チームを代表して行ってきてくれ。しっかりとドクターの皆さんへアピールを頼んだぞ。」
5月、展示会当日 5月、展示会当日
TC-C1はミナトブースの正面に展示され、行き交うドクターが興味深く立ち止まって、体験し、説明員の説明を聞いてくれた。
「これ面白いねえ。また説明に来てよ。」
「ありがとうございます!先生、このTC-C1は7月発売でまだ準備中なんです。パンフレットが出来上がりましたらすぐにお伺いさせていただきますので。」
5月、展示会当日 5月、展示会当日
櫻井は展示会から帰ってきた営業から背中を叩かれた。
「櫻井、よくこの期間であれだけのモノ作ったなあ。頑張ってPRするからな。」
「はい、よろしくお願いします。」
やっぱり嬉しかった。苦労した甲斐があった。
あとは患者さんがよろこんでくれたら...
7月発売から順調に売上を伸ばすTC-C1。
発売後に行った「チームTC-C1」のお疲れ会では、非常にタイトなスケジュールを愚痴りながらも、メンバーには新しいコンセプトの治療器の開発をやり遂げた達成感と心地よい疲労感があった。